大阪地方裁判所 平成2年(ワ)4761号 判決
原告
太子建設工業株式会社
右代表者代表取締役
畑本登
右訴訟代理人弁護士
児玉憲夫
同
藤田正隆
同
江角健一
同
小谷英男
同
日高清司
同
片山登志子
同
浅岡美恵
同
関根幹雄
同
清水英昭
同
田中厚
同
大深忠延
同
甲田通昭
同
田中泰雄
同
中村真喜子
同
平尾孔孝
同
三嶋周治
同
金井塚康弘
同
田端聡
同
峯本耕治
被告
松下電器産業株式会社
右代表者代表取締役
森下洋一
右訴訟代理人弁護士
原井龍一郎
同
占部彰宏
同
小原正敏
同
西出智幸
主文
一 被告は原告に対し、金四四一万七〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年三月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の、その余を原告の各負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、金七二九万七八〇〇円及びこれに対する昭和六三年三月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二当事者の主張
一請求原因
1 原告は、昭和六二年七月ころから、被告が製造したTH―21S1型カラーテレビ(製造番号UK―73―43362)を、八尾市南太子堂六丁目三番三二号マンウトハイツ太子(以下「本件建物」という。)二階二〇一号室の原告事務所に設置し使用していた(以下、原告事務所に設置されていた右カラーテレビを「本件テレビ」、TH―21S1型カラーテレビ一般を「本件型式テレビ」、テレビ受像機一般を「テレビ」という。)。
2 昭和六三年三月八日午後三時五五分ころ、本件テレビが発煙、発火し、これによって発生した火災により原告事務所約三九平方メートルが全焼した(以下、原告事務所が同日全焼した火災を「本件火災」という。)。
3 本件火災により、原告は次のとおり合計七二九万七八〇〇円の損害を被った。
(一) 原告事務所内の備品が焼失したことによる損害
(1) ファクシミリ及び複写機
八〇万円
(2) カーテン 六万円
(3) 流し台等 二九万七〇〇〇円
(4) トイレの便器等 三二万円
(5) ストーブ、クーラー、テレビ
八二万円
(6) 机、椅子、製図版等
五二万〇八〇〇円
(7) ロッカー、作業服等の衣料、測量器具(レベル三台、トランジット五台) 四〇万円
(8) 応接セット等右に挙げた以外の備品や建築設計事務所として必要な設備及び資料一切 一〇〇万円
(二) 本件火災の消火活動により、本件建物一階北側所在の訴外北田緑が経営するナイトパブ「緑」の備品等が毀損したため、原告が北田に対し、出火元として以下の金員を支払ったことによる損害
(1) 株式会社第一興商からリースを受けて使用中であったカラオケ用機械が全損したため、その弁償金一五〇万円
(2) 使用中であったテーブル・椅子が全損したため、新たなテーブル・椅子の購入代金五八万円
(3) お詫び金及び休業補償金五〇万円
(三) 原告は、弁護士藤田正隆、同江角健一に対し本件損害賠償請求訴訟の提起、追行を委任し、弁護士費用五〇万円を支払う旨約した。
4 被告は、欠陥のないテレビを供給すべき製造者としての義務に違反して、通常の用法で使用中に発煙、発火するという、消費者が期待する通常の安全性に欠ける欠陥のあるテレビを製造、販売したのであるから、これによって生じた損害を賠償する義務を負う。
5 よって、原告は被告に対し、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償として金七二九万七八〇〇円及びこれに対する昭和六三年三月九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実のうち、本件テレビが被告の製造にかかるものであることは認め、その余の事実は知らない。
2 同2の事実のうち、本件火災の発生は認め、その焼損の程度は知らない。本件テレビが発煙、発火したこと及び本件テレビの発煙、発火が本件火災の原因であることは否認する。
3 同3の事実は知らない。
4 同4の主張は争う。
三原告の主張
1 本件火災の原因について
(一) テレビは極めて普及率の高い電化製品であり、誰もが手軽に扱える安全性を当然に備えているものと認識されながら、内部には高電圧部分や複雑な電子回路が使用されており、回路の生来的欠陥や絶縁体の劣化などにより回路に短絡が生じれば発火する危険性を内包しているのであって、電気用品取締法上も、危険性を有する甲種電気用品に指定され、厳格な規制の対象とされている。また、消防庁その他の統計によっても、テレビの発火を原因とする火災が相当数報告されている。
被告を含む電気製品メーカー四社は、平成二年一月から二月にかけて、合計一二機種のテレビについて、高圧回路の一部に不具合があり、発煙、発火のおそれがあることなどを理由として、無償で点検、修理、交換(いわゆるリコール)を行う旨の社告を新聞紙等に掲載した。
被告は、本件型式テレビは電気用品取締法に基づく通産省の型式認可を受けており、その安全性は確認されていると主張するが、右のとおりテレビには発火の危険性が存するのであって、被告の主張には根拠がない。
(二) 証人山中洋子の証言(以下「山中証言」という。)は、同人が本件テレビからの発煙、発火を目撃した旨を内容とするものである。山中証言は、出火の前後における同人の行動と現場の状況について明確かつ真摯に述べたものであり、本件火災直後の消防署員に対する供述内容にも合致し、内容的にも何ら不合理な点はなく、同人が虚偽の証言をすべき理由もないことから、その信用性は極めて高いものである。
それゆえ、本件テレビが発火したこと及び本件火災が本件テレビの発火によるものであることについては、山中証言によって立証されているというべきである。
(三) 火災原因損害調査報告書等(〈書証番号略〉)に記載された原告事務所の焼燬状況からすると、本件火災は、応接室から出火して東側の事務室、給湯室兼更衣室へ順に延焼したことが明らかであり、応接室内の焼燬の状況からは、本件テレビが設置されていた北西角から焼燬が進行していった状況が明らかである。そして、本件テレビの背後には壁を構成する不燃性の壁材と鉄骨以外に何もなく、本件テレビ自体が金属性のブラウン管保護枠を除いてほぼ完全に焼失するほどの強い焼燬を示していることや、本件テレビが設置されていたテレビ台に存した書籍が上方の表面や縁面こそ焼損しているものの原形を保っていることなど、焼燬状況自体からも、本件テレビが本件火災の出火源であることが強く推認される。
消防司令補作成にかかる火災原因判定についての意見書(〈書証番号略〉。以下「火災原因判定意見書」という。)の記載は、本件テレビが本件火災の原因であるとは断定していないが、これは、被告が、これまで本件型式テレビに発火事例はない旨八尾市消防署に対し回答したことによるものであって、同署調査員も本件火災の原因は本件テレビであるとの心証を得ていたことは、火災原因判定意見書の記載からも明らかである。
(四) 煙草の火の不始末、屋内電気配線からの漏電、外部侵入者による放火、内部者による放火、石油ファンヒーター等、本件テレビ以外のものが本件火災の出火源となった可能性は、本件火災の客観的な状況からすべて否定される。
(五) 本件火災発生当時、本件テレビは受像状態ではなく、主電源が入りリモコンで映像と音声を切った状態(以下、テレビの右の状態を「待機状態」という。)であったものであるが、被告は、そうであれば、本件型式テレビの場合、リモコン受光部及びマイクロコンピューターIC等の一部の回路に電源が流れるのみで、その消費電力は1.5ワットと極めて小さいことから、本件テレビが発火したということは考えられないと主張する。
しかし、待機状態でもテレビの電源回路には一〇〇ボルトの電圧がかかっており、コイルのレアショート(層間短絡)等により電源トランスの絶縁が失われれば発火する可能性は認められるし、被告の右主張は、本件テレビに絶縁不良等の欠陥が存しないことを前提とするものであるが、本件テレビに発火事故が起こった事実からすると、電気回路に何らかの欠陥が存したことは明らかであるから、失当である。
(六) 以上によれば、本件テレビの発火が本件火災の原因であると断定することができる。
2 本件テレビの使用について
(一) 本件テレビは、昭和六二年七月、訴外宮総が八尾市内の電気店で購入し、新築祝いとしてこれを原告に贈与したものである。
本件テレビは、贈与を受けた当初から原告事務所応接室の北西角に設置され、その上には軽い干支の置物が置かれる程度で、水がかかるようなことはなく、電源コードの上に物を置き、あるいは何かで電源コードを挾むこともなかった。山中は、電源コードのプラグを抜き差しする際には必ずプラグを持って行い、電源コードを引っ張ることはなかった。
本件テレビは、始業時前後はほぼ毎日、勤務時間中は時々、昼休みと終業後は度々使用されていたが、原告側は、その際にリモコンで待機状態と受像状態とを切り替えるのみで、主電源は常時入った状態であった。
(二) 右のとおり、原告における本件テレビの設置方法及び利用方法は、合理的に予期される通常の用法の範囲内であり、発煙、発火事故を招来するような誤使用の要素のないことは明らかである。
(三) 被告は、本件火災の原因は、原告側が本件テレビの電源コードを不正に使用しあるいは不注意に取り扱ったことにより電源コードに短絡が生じたことであると主張する。
しかし、山中証言によれば、本件テレビからの発火を認めた後に、その電源コードを抜いた際特に熱さを感じなかったというのであるから、電源コードが発火箇所であるということ自体が考えにくく、また、前記のとおり、原告側の利用方法に不正や異常な点は認められないのであるから、仮に電源コードが原因であるとすれば、電源コード自体の製造上の欠陥が原因であると推測するほかはなく、電源コードも被告の製造するテレビを構成する部品であるから、被告は責任を免れない。
なお、被告は、原告が本件テレビを不正に使用したことを具体的に主張立証せねばならず、単にその抽象的可能性が存することを主張するのでは足りないというべきである。
3 被告の責任について
(一) 製造物責任法理
(1) 総論
現行の民法ないし商法は、売主と買主との間における直接かつ対等な取引関係を前提とするものであるが、資本主義経済の高度な発展により右の前提は失われ、高度な専門技術を有し、人的物的に巨大な組織により大量生産を行う製造者と、購入に際し、商品の品質機能を的確に判断評価してその安全性を確認する知識技術を有しない消費者との間には、力関係の不平等が生じるに至り、同時に、両者の間に複雑な流通過程が介在するようになった。
また、技術の高度化と統一規格による大量生産、大量販売のシステムは、製造物に起因する事故が発生した場合の被害を大規模で深刻なものとするが、この被害の発生を防止することができるのは製造者だけであり、消費者としては製造者が製造物の安全性を確保することに信頼を置くほかはない。それゆえ、製造者に課せられた商品の安全性についての注意義務は極めて高度なものであるというべきである。
さらに、製造者は現代的取引構造を利用して莫大な利益を取得し、被害による責任を価格に転嫁して危険の分散を図ることも可能なのであるから、たまたま被害にあった特定の消費者に製造物被害のリスクを負担させることは不公平である。
よって、製造物に起因する被害の救済については、製造者と消費者との実質的公平を図る見地から、製造者の、消費者に対する直接の責任を肯定し、厳格責任あるいは無過失責任の原理に立脚する製造物責任法理を、現行法の解釈としても採用すべきである。
(2) 欠陥について
欠陥とは、製造物について、通常の消費者が正当に期待する安全性を欠く状態を指し、設計上の欠陥、製造上もしくは管理上の欠陥、指示説明もしくは警告についての欠陥に分類される。
欠陥のある製品を製造し流通に置いた製造者は、債務不履行責任または不法行為責任に基づき、欠陥によって生じた損害を賠償する義務を負う。
(二) 被告の債務不履行責任
(1) 消費者(原告)と製造者(被告)との契約関係
製造者である被告は、消費者に販売する目的で、自ら設定した品質及び規格でテレビを製造し、これに自己の商標を付して、系列の販売店など自ら設定した流通経路を経由して自ら定めた販売価格で消費者に販売する。この間、製造者は自社製品の優秀性をテレビ、ラジオ、新聞、雑誌等の媒体を通じて繰り返し宣伝広告し、消費者は、製品について、これを製造した製造者を直接信頼するに至る。このような大量生産のメカニズムからすると、製造者と消費者との間に介在する販売店等の中間業者の存在を捨象して、製造者(被告)は消費者(原告)に対し直接、売買契約上の義務を負うと法律構成することが可能かつ相当である。
(2) 安全配慮義務違反
前記売買契約上の義務に基づき、被告は原告に対し、単に目的物を給付する義務にとどまらず、これに付随して、製品の欠陥によって消費者の生命、身体、財産上の利益を害して損害を与えることのないよう配慮すべき信義則上の義務、すなわち安全配慮義務を負う。
したがって、被告は、右安全配慮義務の内容として、欠陥のあるテレビの供給により消費者の生命、身体、財産などの法益を侵害することのないよう配慮すべき義務を負うから、設計、製造の過程においては最高の技術を用いてその安全性を確保し、製品が市場に供給された後に欠陥が発見されれば警告あるいは回収など被害発生を防止するための措置を講ずる義務があり、これに違反して、欠陥のあるテレビにより消費者に損害を与えた場合には、安全配慮義務違反として売買契約上の債務不履行責任を負う。
(3) 立証責任について
消費者と製造者との間には格段の立証能力の差が存することから、本件のような製造物被害事件における原告が被告の安全配慮義務違反を主張するにあたっては、原告は当該製品を合理的に予想されうる通常の用法で使用していたこと、人が正当に期待しうべき安全性を有していたならば通常発生しないはずの事故が被告の製造した製品から生じたこと、以上の二点を立証すれば足りると解すべきであり、被告は、当該事故が製品の欠陥以外の原因によって生じたことを具体的に立証しない限り責任を免れないというべきである。
(4) 品質保証責任
今日の大量生産、大量消費社会において、製造者は、耐久消費財一般について消費者に品質保証書を交付することが慣行となっており、被告もテレビに保証書を添付し、マスコミ等を通じて自社製品の高品質性を宣伝している。このような製造者の消費者に対する態度、消費者の製造者に対する製品の品質についての信頼を考慮すると、製造者(被告)は消費者(原告)に対し、製品について品質保証の約束をしているというべきであって、右品質保証約束には、買主の生命、身体、財産上の法益を害しないよう考慮すべき信義則上の注意義務も含まれるから、製造物の欠陥により消費者が損害を被った場合には、製造者は、品質保証に反したことをも理由とする債務不履行責任を負うと解すべきである。
(5) 結論
本件テレビには、原告が通常の使用中に発火事故を起こしたという欠陥があり、これによって原告は財産上の損害を被ったのであるから、被告の安全配慮義務違反及び品質保証違反は明らかであり、被告は債務不履行責任を負うべきである。
(三) 被告の不法行為責任
(1) 安全性確保義務
製造者は、欠陥のある製品を製造、販売して消費者の生命、身体、財産を危険に陥れることのないよう注意しなければならないという意味において、自己が製造、販売する製品についての安全性確保義務を負っており、今日の大量生産を前提とした高度経済社会では、製造者に課せられた製品の安全性確保義務は極めて高度なものであるというべきである。
また、テレビは、前記1(一)のとおり、発火の危険性を構造上内包する複雑な電気製品であり、設計、製造の過程において安全性維持のための万全の注意が尽くされてはじめて右の危険性が軽減されるに過ぎない。
ところが、経済的制約や競争原理の下で、十分な安全性の確認がなされないために生じる欠陥及びこれに伴う被害が発生しているにもかかわらず、消費者は、製造者の宣伝広告により、テレビが安全であると認識させられている。
このような認識を利用して膨大な利益を独占しているテレビの製造者に対しては、極めて高い安全性確保義務、情報開示義務及び被害原因究明義務が課せられるべきである。
(2) 安全性確保義務の内容
製造者は、製品の設計、生産、市場供給後の各段階において、その時代の最高の科学技術の水準を基礎として、起こりうる危険を予見し、次のような適切な結果回避の措置を採る義務がある。
① 設計段階
製造者は、当該製品が通常の用法で利用された場合に危険な結果を発生することがないよう、回路や構造を事故発生の危険のない適切なものとし、強度や耐久性に欠けることのない適切な部品を使用するなど、設計段階において相当な注意を払わねばならない。
② 生産段階
製造者は、部品の組付け忘れや組付け不良、あるいは指定以外の材料が使用されることなどによって、設計と異なる製品が製造されることのないよう、生産システムの構成、製造器具の選択、作業員の配置方法や人数などにつき最善の注意を払わねばならず、製品の安全性確認のため、当時の最高水準の科学技術による検査を尽くさなければならない。
③ 市場供給後
製品が市場に供給された後に、それが危険な性状を具備していることが判明した場合、製造者は損害の発生を防止するために、消費者に危険の存在を告知し、製品を回収して改良を施すなど、適切な措置を採らなければならない。
(3) 欠陥の立証について
消費者が、製品を通常の方法で使用していたこと、製品が通常の消費者が期待する安全性を有していたならば通常発生しないはずの被害が生じたことの二点を主張、立証すれば、欠陥の存在は事実上強く推定され、製造者において当該事故が製品の欠陥以外の他の原因によって生じたことを具体的に立証しない限り、右推定は覆らないと解すべきである。
なぜならば、消費者が当該製品を合理的に予期されうる通常の用法で使用していたにもかかわらず、通常発生しないはずの事故が当該製品から発生した場合には、当該製品が当初から欠陥を有しており、それが原因となって事故が発生したと考えるのが自然であるし、製品の欠陥の立証には極めて高度な科学的知識と能力を要するが、現在では、製造物の構造及びその生産過程は複雑高度化しており、製造者は企業秘密の名のもとにこれらの事柄を公開しないことから、消費者の側に欠陥の具体的内容の立証を要求することは実際上不可能を強いることになるのに反し、製造者は自己の製造した製品については熟知しており、事故原因の調査究明は容易であるから、欠陥についての立証責任をこのように考えることこそ、当事者間の実質的公平に適うものだからである。
(4) 過失の推定について
製造者には前記のとおり高度な安全性確保義務が課せられており、製造者がこの義務を履行していれば、通常、事故の原因となるような欠陥は生じないものと考えられるから、消費者が当該製品に欠陥があったことを立証すれば、製造者の過失は事実上強く推定され、被告において、製造者に課せられた高度な注意義務を尽くしても右欠陥の存在を予見し得なかったことを立証しない限り、右推定は覆らないと解すべきである。
(5) 因果関係の推定について
消費者が、当該製品を合理的に予測されうる通常の用法で使用していたこと、通常の消費者が右製品に対し期待する安全性を有していたならば発生しないはずの事故が製品から生じたことの二点を主張、立証すれば、製品の欠陥と損害との因果関係も事実上推定され、製造者の側で製品に欠陥が存在しなかったこと、または欠陥が結果発生の原因ではないことを立証しなければならないと解すべきである。なぜならば、因果関係についての立証も、消費者側からの立証の困難性という点では過失の場合と同様の問題があり、その負担を軽減する必要があるからである。
(6) 結論
通常の消費者としては、テレビが発火、発煙事故を起こさないものであることを期待するから、発火した本件テレビは欠陥があったというべきである。また、本件テレビは昭和六二年に製造され、同年七月以降半年余りの間、原告方において通常の方法で使用されていたものであるから、右の欠陥は、本件テレビが流通に置かれる以前から存在していたものと推定される。
製造者は製品につき高度の安全性確保義務を負うが、特に近年テレビの発火、発煙事故が相次いでおり、テレビの製造者にはこれを防止すべき義務が課せられていたのであるから、被告には、これを懈怠して欠陥のある本件テレビを製造し、流通に置いたという重大な過失のあったことが推定される。
以上を総合すると、本件においては、本件テレビの欠陥及び被告の過失が事実上強く推定されるので、被告において欠陥または過失の存在しないことを具体的に立証しない限り、被告は不法行為に基づく損害賠償責任を負うというべきである。
4 被告の反証について
被告は、被告テレビ本部テレビ事業部品質管理部製品安全課が行った実験(以下「被告側実験」という。)により、通常ありえない最悪の状況でも本件型式テレビには発煙、発火の危険性のないことが確認されたと主張する。しかし、右実験は真に本件テレビの欠陥を解明しようとするものではなく、殊更に発火しにくい条件を選択して行った恣意的なものであるから、同実験についての報告書及びこれに関する証人荷宮賢市の証言(以下「荷宮証言」という。)によっては、本件テレビに欠陥が存したとの推定は覆らない。
5 証明妨害の主張について
原告が、電源コードを含む本件テレビの残骸を警察または消防署から返却を受けたという事実は一切ない。
電源コードの紛失は原告の全く関知しないところで起きたものであり、消費者である原告がその不利益を負担すべき理由はない。
原告は、本件火災発生直後から、本件テレビからの発火であることを被告に告げ、その原因究明を再三求めてきた。しかし、被告は本件テレビからの発火は考えられないとして取り合わなかったのであって、事故発生後四年目に至り、電源コードが原因であったかも知れないと主張し、証拠となりうる電源コードを確保することなく放置しながら、それが紛失した不利益を原告に帰せしめようとするのは、信義に反し不誠実である。
6 損害について
原告は、北田緑が経営するナイトパブ「緑」が本件火災により損害を受けたことについて、本件火災の火元であることから休業補償金等の支払いを余儀なくされたものであり、右金員の支払いをはじめ物品の購入等については、すべて畑本個人としてではなく、畑本が原告代表者としてこれを行ったものである。
原告代表者尋問において、畑本が個人として詫び金を出した旨供述しているのは、もともと原告は畑本個人の営業が法人化されたものであり、法人となってから間がなく、規模も小さいことから、個人としての行為と法人としての行為が厳格に区別されていなかったことによるものである。
7 まとめ
以上のとおり、山中証言及び八尾市消防署の火災原因損害調査報告書等によって、原告が本件テレビを通常の用法で使用していたこと及び本件テレビが発火したことについては立証が尽くされており、その結果、本件テレビに欠陥が存在したことが事実上強く推定される。
被告側実験は、殊更に発火の危険性を隠蔽しようとする不公正なものであり、これによっては本件テレビに欠陥が存在するとの推定は覆されない。
よって、本件テレビに欠陥が存することから、被告の安全配慮義務違反もしくは品質保証違反または過失及び因果関係の存在が推定されるので、被告は債務不履行または不法行為に基づき、原告が本件火災によって被った損害を賠償する義務を負う。
四被告の主張
1 本件火災の原因について
(一) 本件型式テレビの安全性
(1) 本件型式テレビは累計で八万台以上が製造、販売されているが、これまでに発煙、発火事故の報告はない。
(2) テレビを含めた電気用品は、電気用品取締法による厳しい規制を受けており、テレビについても、製造者については製造事業者登録義務が課せられるとともに、構造としての絶縁距離、材料の温度耐性、難燃性、部品についての定格、許容電流等が電気用品の技術上の基準を定める通産省令に適合することについて、部品のショート(短絡)、オープン(開放、断線)試験等を経て型式認可を受けなければならない。
被告は、本件型式テレビを製造するにあたり、製造事業者登録をするとともに、本件型式テレビについても通産省の型式認可を受けており、本件型式テレビの安全性は確認されている。
(3) 被告においてリコールを行ったテレビが二機種存することは認める。
しかし、本件型式テレビは、右二機種とは使用する部品の種類や配置等が異なり、発煙、発火の危険性のないものとなっている。
(二) 本件火災の状況について
(1) 本件火災発生時の本件テレビの状態
山中証言では、本件火災発生当時、本件テレビは待機状態であったとされるが、そうであれば、本件型式テレビの場合、高圧トランス等テレビの主要部分に電流は流れず、リモコン受光部及びマイクロコンピューターIC等の一部の回路に電流が流れるのみで、その消費電力は1.5ワットと極めて小さいことから、本件テレビが発火したということは考えられない。
また、山中は本件テレビを頻繁には利用しておらず、当日も主電源のランプに気付いていないことや、火災現場からリモコンが発見されていないことからすると、主電源自体が切られていた可能性があり、その場合に本件テレビの発火がありえないことはいうまでもない。
(2) 山中証言について
本件火災発生時の状況を目撃したのは山中ただ一人であるが、山中は、本件火災直後の消防署の質問調書においては、本件テレビの後ろの方に煙や炎を認めた旨を述べているに過ぎず、本件テレビ本体からの発煙、発火を認めたものではない。
これに対し山中証言では、右質問調書とは異なり、本件テレビ本体から発煙、発火した旨の内容となっているが、右の証言は、本件火災後三年を経過して記憶が曖昧となった時点のものであり、本件テレビが本件火災の原因であるとの先入観に影響されたものであるから、質問調書の信用性の方が高いというべきである。
また、仮に本件テレビ本体内部からの出火であれば、キャビネットのスリットからの煙が認められたはずであるが、山中証言、同人の質問調書のいずれにもこの点に触れたところはない。
さらに、山中が全く消火活動を試みていないことや、消防車が短時間で到着し消火活動を行ったにもかかわらず原告事務所が全焼したことからすると、同人が最初に発見した時点で既に消火活動を試みる余裕もないほどに本件火災は進行していたと推測されることに加え、山中が最初に煙を見たのは隣室からであること、電源コードを抜いた際には恐怖心のため子細に観察する余裕はなかったことを考えれば、元来、山中は出火場所を特定しえなかったはずである。
以上を総合すると、山中証言により本件テレビ本体から発煙、発火したと認めることはできないというべきである。
(3) 火災原因判定意見書においても、種々の可能性を検討の上、本件火災の原因は不明としている。
2 原告側の不正使用について
本件火災の原因は、以下のとおり、原告側が本件テレビの電源コードを不正に使用し、あるいは不注意に取り扱ったことにより、電源コードに短絡が生じたことにある。
(一) 本件テレビが設置されていた応接室の西側壁面北側部分の焼損が著しいことや、前記山中の質問調書を総合すれば、発煙、発火が生じたのは本件テレビの後方というべきであるが、本件テレビ後方には、本件テレビ後部から床の上を這い、応接室の西側壁面の二口コンセントに至る本件テレビの電源コード以外の物は存せず、前記のとおり本件テレビ本体が発火することはありえないのであるから、本件火災は電源コードの発火によると考えるのが合理的である。
消防署の実況見分調書によれば、本件テレビの電源コードには所々に溶痕(以下「本件溶痕」という。)が認められるものの、それが一次痕であるのか二次痕であるのか判別できないとされている。溶痕とは電線に絶縁破壊が生じ短絡が起こった際の短絡痕であるが、そのうち一次痕とは、火災の発生前に生じた、すなわち火災の原因となった短絡痕であり、二次痕とは、電圧のかかった電線が火災により被膜を失い短絡したために生じた短絡痕である。山中が異常に気付いた時点での本件火災の状態や、その後電源コードのプラグを抜くまでの時間的間隔などを考慮すると、本件溶痕が二次痕であるとは考えられないから、本件溶痕は、火災発生以前に電源コードが短絡したことにより生じた、すなわち本件火災の原因となった一次痕であると考えるほかはない。
山中証言では、本件テレビの電源コードを抜き、コンセントに掃除機のプラグを差し込んで掃除を行い、その後再び本件テレビのプラグを差し込むということを毎日繰り返していたとされるが、山中が電源コードを抜く際などに、テレビ台の底部等に挾まれた状態の電源コードを強く引っ張って無理な力を加え、あるいは建物の柱の角に電源コードを引っ掛けて、擦ったり折り曲げたりすることなどを長期間にわたって繰り返した場合、被覆の損傷あるいは芯線の断線が生じ、発火に至るということは十分に考えられる。
本件テレビの電源コードについては、一定の力を加えて屈曲させる試験によりその耐久性が確認されており、通常の使用で絶縁に損傷を生じることはないから、電源コードの短絡により発火したとすれば、原告側において右のような不適切な取り扱いが存したものと推測すべきである。
よって、本件火災の原因は、原告が本件テレビの電源コードを不正に使用し、あるいは不注意に取り扱ったことにより、電源コードに短絡が生じ、その火がカーペットに着火して燃え広がったか、あるいは、電源コードの本件テレビ本体に近い位置で短絡が生じ、その火が直接本件テレビのキャビネットに着火して燃え広がったかのいずれかであると考えるほかはない。
(二) 原告は、仮に電源コードが原因であるとすれば、電源コード自体の製造上の欠陥が原因であると推測するほかはないと主張する。
本件テレビに接続されていた電源コードは、被告が外部の電線メーカーから購入したものであるが、構造及び製造工程が極めて単純なものであることから、製造段階で欠陥が生じる可能性は全くなく、しかも製造の各段階においてメーカーにより安全性を確保するための徹底した品質管理が行われ、被告が購入する際にも、電気用品取締法による技術上の基準だけでなく、被告の厳格な社内基準に合致し安全なものであることが独自の管理試験等で確認されている。
また、ブッシュ部分(電源コードの本体取付部分)についても、その成型の際には温度管理を含めた細心の注意が払われているので、不良品が発生する可能性はほとんどなく、万一不良品が発生しても、コードとの密着力等を確認する検査により確実に発見され排除されている。なお、使用される樹脂の温度特性の違いのため、ブッシュを成型する際にコード本体の絶縁体が溶かされることはない。
よって、ブッシュ部分を含め、電源コードの欠陥が本件火災の原因となったということはありえない。
3 製造物責任法理について
(一) 今日、商品が大量に製造され流通するなど、取引の実態が従前のそれとは変化していることは認めるが、製造物にも多様なものが存在し、その性質、構造、製造工程、流通過程及び使用の態様は様々であるから、それらを一括して、原告が主張するような法理や法解釈が一律に適用されるものではない。製造物による被害が問題とされる場合であっても、その製造物の性質、危険性の程度、取引及び使用の実態などを具体的に検討し、妥当な解釈が図られるべきである。
(二) 原告は、製造物責任法理なるものを根拠に、法の解釈、適用により被告の責任を認めるべきであるとして被告の債務不履行責任を主張するが、右の主張は責任原因についての考え方を一般的、概括的に論ずるのみで、その成立要件としての具体的事実の主張がなく失当である。
(三) 原告は、製造者と消費者との間には立証能力の差があることを理由に、不法行為責任における過失や因果関係についての主張立証責任を被告に事実上転換すべきであると主張するようであるが、当事者の立証能力は、問題となる製造物の性質、構造、利用方法及び主張されている被害の態様に応じ、個々の事案ごとに異なるのであって、メーカー側が常に優位にあるものではなく、特に本件のように、問題となる製造物が原告方で使用され、事故後の残骸も原告が保管しその後廃棄したような事案においては、被告が原因の究明をすることは不可能である。
(四) よって、製品の欠陥、欠陥についての被告の過失及び過失と損害との因果関係の主張立証責任は、原告が負うべきであり、被告は、本件火災の真の原因を特定し立証する責任を負わないから、原告が、本件テレビ辺りから出火したらしいとの一事に依拠してそれ以上に真相を究明しようとせず、具体的な事実を主張立証しようとしない以上、どのような法理論によろうとも、原告の請求は棄却されるべきである。
4 被告側実験について
被告側実験は、本件火災発生時に本件テレビが待機状態にあったことを前提とし、その場合に本件型式テレビ内部の電流が流れるすべての部分について網羅的に実験したものである。
同実験では、通常想定しうる故障である短絡または断線以上に極めて厳しい状態、すなわちコードを切断の上、溶液を断続的に滴下するなど、通常ありえない最悪の状況を想定したが、その場合でも、本件型式テレビには発煙、発火の危険性のないことが確認された。
5 証明妨害について
昭和六三年八月二三日、原告代理人が被告担当者に対し、本件テレビは原告方において保管中である旨を申し述べていることから、本件テレビの残骸は、もともと警察あるいは消防には押収されておらず、原告が手元に保管していながらこれを廃棄したと考えるほかはない。
原告は、当初から電源コードを含む本件テレビが本件火災の原因究明に重要であることを熟知しながら、これを漫然廃棄したのであるから、民訴法三三五条、三一七条の法意に照らし、真相究明が不可能になった不利益は、資料を廃棄した原告が負うべきである。
6 損害について
(一) トイレ及び流し台は、通常、建物の一部であり、これらについては建物所有者である畑本登個人の財産と考えられるから、原告の損害とはなりえない。
(二) レベルとトランジットも、本件火災前に畑本個人が購入したものであって、原告の損害とはなりえない。
(三) ストーブ、テレビ、クーラーも、本件火災後に畑本個人が購入したものであって、原告には損害が発生していない。
(四) 本件火災後の物品の購入について、すべて畑本個人としてではなく、原告代表者として行ったものであるとの原告の弁明は、証拠上認められない。また、原告は、畑本個人の営業が法人化されたものであり、法人となってから間がなく、規模も小さいことから、個人としての行為と法人としての行為が厳格に区別されていなかったとの主張は、原告の規模(年商及び従業員数)からしても失当である。
(五) 建築設計事務所として必要な設備及び資料一切の損害(一〇〇万円)については、これを証明するに足りる証拠がない。
(六) 原告は、すべて本件火災後に買い替えた新品の価格を損害として請求しているが、相当ではなく、損害は本件火災当時の客観的価値すなわち中古品としての価格によるべきところ、中古品価格については証拠がなく、ファクシミリ、トイレ、流し台以外については、新品の領収書すら提出されていない。
(七) ナイトパブ「緑」を経営する北田緑に支払ったという金員については、畑本が個人として支払った旨供述していることから、原告の損害とは認められないのみならず、畑本はこれを自発的に支払ったのであるから、本件火災との相当因果関係もない。
また、カラオケ用機械、お詫び金及び休業補償金についてもその算定の根拠が不明であり、「緑」のテーブルや椅子についてはAIUの保険から出したとされているから、原告には損害が生じていない。
7 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、およそ認容の余地のないものであることが明白である。
第三当裁判所の判断
一本件火災の原因について
本件火災の発生自体については当事者間に争いがなく、原告の本訴請求は、本件火災が本件テレビの発火によって発生したとの事実を前提とするものであるから、まずこの点について検討する。
1 概要
証拠(〈書証番号略〉、山中証言、原告代表者)によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 原告は、現在の原告代表者畑本登個人の営業が昭和六一年に法人化されてできた、建築、不動産売買及び賃貸等を目的とする株式会社である。本件建物(鉄骨造陸屋根ALC版張四階建店舗事務所付共同住宅、一棟二六戸、建築面積五一一平方メートル、延床面積二〇〇〇平方メートル)は畑本が所有するものであり、昭和六一年一一月に新築され、同六二年七月に、原告事務所等の存する部分が増築された。原告は、右増築以来、二階二〇一号室を原告事務所として使用しており、その内部は、西側から応接室、事務室、給湯室兼更衣室の順に区画されている。
(二) 本件火災は、昭和六三年三月八日午後三時五四分、山中の通報によって八尾市消防署に覚知され、消防車等一三台が出動して、同日午後四時一分から放水を行い、同四時一三分鎮火した。
(三) 本件火災により、本件建物のうち、原告事務所として使用されている二階二〇一号室部分三八平方メートルが焼損し、そのほぼ真下に位置する一階店舗部分が消火の放水のため浸水し、二階廊下部分が煤のため汚損した。
2 本件火災の原因
(一) 山中証言について
(1) 山中証言の内容は、概略次のとおりである。
① 昭和六三年三月八日午後三時五〇分ころ、他の原告関係者はすべて現場等に出払い、山中一人が原告事務所の事務室内で執務中であったところ、西隣の応接室からドア越しにパチパチというような音が聞こえたため、ドアを開け応接室の様子を確認すると、本件テレビ本体後部(本件テレビの後方ではなく本件テレビそのものの後部分)から黒煙が出ているのを認めた。
② 山中は、本件テレビの故障であると考え、本件テレビを注視しながら、事務室の同人の机の電話機で取引のある電気店に電話を架けようとしたが、呼出音が鳴る間に煙の量が増加してきたため、火事になると思って電気店が応答する前に電話を切り、一一九番通報をした。山中が消防署の係官に状況を説明するうちに、本件テレビは黒煙に加え炎も発する状態となったため、山中はその旨をも係官に伝えた。
③ その後、山中は、本件テレビの電源を抜かなければならないと考え、本件テレビが爆発するかも知れないとの恐怖を感じながら、応接室西側壁面の床近くにある二口コンセントから、本件テレビと石油ファンヒーターの電源コードのプラグをいずれも引き抜いた。その際、コンセント部分に熱は感じられなかった。山中は、事務室に戻り、原告事務所のブレーカーを下ろし、煙がかなり侵入してきている事務室から権利証等の重要書類や自分の手荷物を持ち出した後、本件建物の非常ベルを鳴らして屋外に退避した。その後、消防車等が本件建物に到着した。
(2) 山中証言は、右のとおり本件テレビ本体後部からの発煙、発火を認めたというものであるが、本件火災当日及びその二日後の昭和六三年三月一〇日に作成された、山中の消防署員に対する各質問調書(〈書証番号略〉)では、「テレビの方から煙が出ていました」あるいは「テレビのうらから(左側)火が出ていました」、「テレビの後ろから煙が出ていました」との供述記載になっているため、被告は、質問調書においては、山中は(本件テレビ本体ではなく)本件テレビの後ろの方に煙や炎を認めた旨を述べているに過ぎないところ、山中証言は本件火災後三年を経過して記憶が曖昧となった時点のものであり、本件テレビが本件火災の原因であるとの先入観に影響されたものであるから、質問調書の信用性の方が高いというべきであると主張する。
① しかしながら、「テレビの方から」あるいは「テレビのうらから」、「テレビの後ろから」との文言は、単に本件テレビの(後ろの)方からという抽象的な位置を表すに過ぎないとはいえず、本件テレビそのもの(の後部分)を表すとも解しうるところ、消防の各質問調書では、「テレビの方から煙が出ていました」との供述記載のすぐ後に、「電機(電気製品、具体的には本件テレビの意味と解される。)のところから火が出ていたので、すぐコンセントを抜かなあかんと思って、煙の出ているテレビのところまで行き、コンセントを二つ抜きました」と記載されていること、「テレビのうしろから煙が出ていました」との供述記載に続き、「早くテレビのコンセントを抜かないと、テレビが爆発すると思ってコンセントを抜きました」と記載されていることからすると、山中の消防署員に対する前記記述は、当初から、本件テレビ本体からの発煙、発火を認めたという趣旨であったと解するのが合理的である。してみると、質問調書の内容と山中証言との間に齟齬があるとは認められないから、右齟齬のあることを前提とする被告の主張は失当である。
② また、山中が、まず電気店に連絡を取ろうとしたこと、本件テレビと石油ファンヒーターの電源コードを抜いたこと、原告事務所のブレーカーを下ろしたことについては、消防の質問調書及び山中証言を通じ一貫するところであるが、山中の右行動は、単に本件テレビの後ろの方に煙や炎を認めたに過ぎない者の行動としては説明が困難であり、電気製品である本件テレビからの発煙、発火を認めた者の行動としてはじめて合理性が認められるものである。
(3) 右に検討した以外の部分も含め、山中証言は、本件火災に直面した同人の心の動揺、行動を率直に述べたものと認められ、そこに表れた同人の行動は、本件のような場面に直面した者の行動として十分に首肯しうるものであるし、時間的な前後関係の点を除いては、本件火災発生直後の消防署員に対する提供と、基本的に合致するものである。
よって、山中証言は、本件テレビ本体から発煙、発火したことを認めた旨の直接証拠として、その信用性を肯定すべきものである。
(二) 客観的焼損状況について
(1) 前記1(一)のとおり、原告事務所は西側から応接室、事務室、給湯室兼更衣室に区画されており、前掲各証拠によれば、本件火災による各室の焼損状態は、以下のとおりと認められる。
① 事務室の焼損は表面的で、全体的に上方から下方へ進むほど弱くなっており、石膏ボード板張りの壁体の剥落もほとんどなく、一部南西角において露出している胴縁、間柱、ALC版にも焼損の形跡は認められない。天井は内装材の石膏ボード板がほとんど剥落しているが、応接室出入口上方の北西側が表面焼損している以外に焼損は認められない。応接室出入口の立枠と上枠が強く焼損しており、ドアは原形をとどめていない。室内に置かれた製図板、書棚、乾式複写機、石油ストーブ、スチールロッカー等の焼損はいずれも表面的であるが、応接室の出入口のある北西側へ進むほど強く、上方の焼損に対して下方の焼損は弱くなっている。
② 給湯室兼更衣室についても焼損は弱く、天井、壁体の剥落はない。東面に設置されたこんろ台、調理台、流し台及び吊り戸棚は、いずれも扉表面が弱く焼損するのみで原形を保っている。スチールの更衣ロッカーは、衣類の焼残物が下部に堆積しているが、深い焼け込みはなく、表面的に焼損するにとどまっている。
③ 応接室は、壁体及び天井の内装材である石膏ボードがほとんど落下し、外壁材のALC版や胴縁が露出するなど、他の部屋と比較して顕著な焼損が認められる。
天井は、本件テレビが設置されていた北西角部分の焼損が強く、表面炭化を呈しており、ここから遠ざかるにつれて焼燬が弱くなっている。壁体は、西面の掃出窓北側の部分の焼損が著しく、床面近くの胴縁が深い炭化亀裂を呈しており、これに対し他の面では所々表面が弱く焼損している程度である。
小物入れ、収納ボックス、応接セットは、いずれも原形をとどめないほどに強く焼損しているが、室内中央の応接セットは南側から北側へ進むほど焼損が強くなっている。床面のカーペットも、北側へ進むほど強く焼損しているが、局部的な深い焼け込みは見い出されない。また、掃出窓上方に設置されていたクーラーの室内ユニットは、焼損して床面上に落下しているが、焼毀状態に特異な点は認められない。
テレビの東側に置かれていた石油ファンヒーターは、全体的に焼損しているものの原形は保っており、その中では西側面の焼損が強く、東側へ遠ざかるほど焼燬が弱くなっている。電源コードは被覆が焼損しているが、電気的な溶痕は認められない。また、カートリッジ式の石油タンクは黒色に変色しているが、キャップは完全に閉まっており、在中の灯油に変化は認められない。ファンヒーターが置かれていた部分だけ床面のカーペットが焼けておらず、カーペットの原色が認められる。
本件テレビの残骸は、キャビネットがすべて焼失し、金属性のブラウン管保護枠が床面上に焼残しているだけで、テレビとしての原形を全くとどめない状態である。また、本件テレビが置かれていた扉付きのテレビ台は、底板だけの状態となっているが、テレビ台に収められていた書籍は、表題を判読することが可能な状態であり、特に深い焼け込みは認められない。テレビ台の底板上には、本件テレビの焼損した部品が粉々に散乱しており、ブラウン管、コンデンサー、トランス、プリント基板等の部品の焼毀は強く、溶融あるいは焼失している。
本件テレビの電源コードは、被覆が焼失した芯線状態で西面壁の方へ延びており、所々に溶痕(本件溶痕)箇所が認められる。差し込みプラグは発見されておらず、芯線の先端は溶痕のないささくれだった状態となっている。
西面壁のコンセント設置箇所付近では、屋内配線、テレビアンテナ線の被覆が焼失し芯線の状態となっているが、電気的な溶痕等、特異な状況は認められない。
(2) 右で認定した焼損状況によれば、本件火災が発生したのは応接室内であることは明らかというべきであり、応接室の内部では、北西角方向から焼燬を受けた状態となっていることや、西面壁の北側部分が著しい焼損状態を呈していることなどから、本件テレビが設置されていた北西角部分が出火場所であることもやはり明らかというべきである。
そして、応接室の北西角部分には、応接室の西面壁、北面壁、北西角の柱及びテレビ台とその上に設置された本件テレビが存するのみであり、本件テレビは外形的に原形をとどめず、内部の部品も粉々に焼散するほどの、徹底した焼損状態を呈していること、応接室内で他にこれほど強く焼損した物品は認められず、本件テレビが置かれていたテレビ台の焼損の程度も本件テレビに比して弱いことや、他に、本件火災の原因となった具体的可能性のあるものを指摘できないことなど、客観的焼損状況からも、本件火災は、本件テレビの発火によるものであることが強く推認されるというべきである。
(三) 火災原因判定意見書等について
消防士長の作成による火災原因損害調査報告書(〈書証番号略〉)は、出火箇所を応接室としながら、出火原因、発火源とも不明とし、また火災原因判定意見書(〈書証番号略〉)は、結論において本件火災の原因を不明としている。
しかし、右意見書の結論は、煙草の火の不始末や屋内電気配線、外部侵入者または内部者による放火及び応接室に置かれていた石油ファンヒーターによる出火の可能性について、個々に検討を加えた結果、いずれも本件火災の原因である可能性は薄いか、否定されるとした上で、唯一本件テレビについて、火災の原因となった可能性があると指摘しながら、溶融、焼失のため部品の絶縁状況やハンダ付けの状況を見分することができず、また本件型式テレビについての発火事故の報告がないことを理由に、明確な論述はできないとしたものであり、右意見書もまた、本件火災の発火源が本件テレビであった可能性が高いことを推認させる内容と判断される。
なお、実況見分調書(〈書証番号略〉)によれば、応接室内では、本件テレビと並んで、西面壁北側部分の焼損も著しいとされているが、同調書でも、右部分から発火したことを窺わせるような焼け込みや配線の溶痕等は見い出せないとされているから、壁の右部分については、本件テレビの発火により延焼着火したと考えても矛盾はない。
(四) 電源コードからの発火の可能性について
ところで、被告は、本件テレビ本体からの出火であることを否定し、本件火災の原因は、原告側が本件テレビの電源コードを不正に使用し、あるいは不注意に取り扱ったことにより、電源コードに短絡が生じたことにあると主張する。
(1) 被告の右主張は、実況見分調書(〈書証番号略〉)に、芯線状態となった本件テレビの電源コードには所々に溶痕(本件溶痕)箇所が認められ、それが一次痕であるのか二次痕であるのか判別できない旨記載されていることについて、山中が異常に気付いた時点での本件火災の状況や、その後電源コードのプラグを抜くまでの時間的間隔などを考慮すると、本件溶痕が二次痕とは考えられないから、本件溶痕は本件火災の原因となった一次痕であると考えるほかはない、というものである。
① 証拠(〈書証番号略〉)によれば、溶痕とは一般に短絡痕、すなわち電圧が印加された電線が短絡(ショート)し、多重のジュール熱により温度が銅の融点以上になったために生じた溶融痕を指し、そのうち、一次痕とは、火災の発生前に生じ火災の発生原因となった短絡痕をいい、二次痕とは、火災により電線の被覆が焼失したため二次的に生じた短絡痕をいうこと、その他、火災時の室内の温度が銅の融点以上になり、電圧の印加されていない電線が短絡によらず、火熱により溶けた状態になること(三次痕)のあることが認められる。
② 消防署員による実況見分の目的は、火災原因の探求にあり、本件溶痕が一次痕と認められるか否かは最も重要な点であると考えられるが、本件火災については、電源コードの溶痕を見分しながら、これを一次痕と判定するには至っておらず、火災原因判定意見書でも、テレビについて検討を加えた部分において電源コードについて何らの記載もないことからすると、本件溶痕をもって一次痕と断定することは困難というべきである。
③ 山中証言によれば、山中は、本件火災が本格化する以前の、本件テレビが発煙、発火しているにとどまっている段階でその電源コードのプラグをコンセントから抜いたことが認められるから、本件溶痕を二次痕と考えることは困難であるが、一次痕であるのか二次痕であるのかは判別できない旨の実況見分調書の記載は、本件溶痕が本件火災の原因としての短絡痕(すなわち一次痕)と認められるか否かの観点から記載されたものと解され、積極的に三次痕を除外する趣旨とは解されないのであって、本件テレビの電源コードが存した西面壁の北側部分は焼損が著しいことから、本件溶痕が三次痕である可能性も十分考えられるというべきである。したがって、二次痕と考えることが困難であるからといって、直ちに本件溶痕をもって一次痕であるとし、電源コードの短絡が本件火災の原因であると断定することはできない。
(2) また、被告は、本件火災に至る経緯として、掃除の際に山中がテレビ台の底部等に挟まれた状態の電源コードを強く引っ張って無理な力を加えることなどを繰り返したため、電源コードに短絡が生じ、その火がカーペットに着火して燃え広がったか、あるいは電源コードの本件テレビ本体に近い位置で短絡が生じ、その火が直接本件テレビのキャビネットに着火して燃え広がったかのいずれかである旨主張する。
① 電源コードの短絡からカーペットに着火したと仮定すると、カーペットの着火部分に深い焼け込みが形成されるはずであるが、カーペットにそのような局部的な深い焼け込みが見い出されなかったことは前示のとおりである。
② また、電源コードに短絡が生じ、その火がカーペットに着火して燃え広がり、あるいはその火が直接本件テレビのキャビネットに着火して燃え広がったとすれば、山中が本件テレビの発煙、発火を認め、コンセントから本件テレビと石油ファンヒーターの電源コードのプラグを抜いた時点では、電源コードやカーペット等の燃え方は相当の程度に達していたと考えられるから、山中としては、電源コードやカーペット等が燃えているのに気づいたはずであり、本件テレビからの発火であるとの当初の印象を修正したはずである。しかるに、山中は、消防署員の質問に対しても、山中証言においても、一貫して、本件テレビからの発火である旨供述しているのであって、電源コード、カーペット等の異常について何ら言及するところがない。
③ 証拠(〈書証番号略〉)によれば、電源コードの被覆が損傷するなどして短絡が生じた場合、その部分は激しく発熱するとともに、過大電流によりブレーカーが作動する可能性があるのに対し、テレビの内部で発火した事例では、一挙に過大電流が流れるのでなく、炭化部分が徐々に蓄積した結果、ブレーカーが作動することなく発火に至った場合があること、テレビの内部で短絡が生じた場合、電源コード部分の抵抗はわずかであるから、電源コード部分の発熱もそれに応じてわずかであることが認められる。
本件火災の場合、山中は、電源コードを抜く際コンセントは別に熱くなかったと供述しており(ここでいうコンセントとは、正確にはコンセントそのものではなく、電源コードのプラグを指すものと解される。)、また、ブレーカーは山中が操作するまで作動しなかったことからすると、電源コード部分で短絡が生じた可能性は極めて低いというべきである(被告側実験において、被告自ら指摘するところである。)。
④ 以上によれば、電源コードの短絡からカーペットあるいは本件テレビのキャビネットに着火して燃え広がったということはできない。
(3) 以上を総合すれば、本件テレビ本体からの発火ではなく、電源コードに短絡が生じて発火したとする被告の主張は、採用することができない(なお、ここでいう電源コードとは、プラグから本件テレビ内部のコネクター部分に至る電源コードのうち、電源コードの本件テレビ本体取付部分より外側(プラグ側)の部分を指すものであり、右本体取付部分を含め、これより内側(コネクター側)の部分は、本件テレビ本体に属するものであって、ここから発火したとすればもはや本件テレビ本体からの発火というべきものである。電源コードに短絡が生じて発火したとの被告の主張も、その主張に照らし、本体取付部分より外側の部分という意味で電源コードの語を用いていることが明らかである。)。
(五) 本件テレビの安全性について
(1) 証拠(〈書証番号略〉、山中証言、荷宮証言)及び弁論の全趣旨によれば、次の①及び②の事実を認めることができる。
① 被告は、電気用品取締法上の製造事業者登録を行い、本件型式テレビについて、その材質、形状、構造等が通産省令の定める技術上の基準に適合することを確認する旨の型式認可を受けた。
平成二年一月から二月にかけて、被告を含む家電メーカー四社は、テレビの高圧回路の一部に欠陥があることなどを理由に、無料修理等(いわゆるリコール)を行う旨の社告を新聞紙上に掲載した。
被告がリコールを行った二機種は、昭和五六年と同五九年に製造されたものであるが、昭和六二年に製造された本件テレビは、これらリコールされた機種とは、使用する高圧トランスの形式や、高圧部分の部品の配置方法などが異なっている。
本件火災発生当時、本件テレビは待機状態であったが、本件型式テレビの場合、待機状態では、リモコン操作に必要なマイクロコンピューター等に電流が流れるのみで、発火の原因となる可能性の高い高圧回路に電流は流れておらず、待機状態での消費電力は1.5ワット程度である。
② 被告は、本件型式テレビについて安全性を確認するため、以下の実験及びその補足実験(被告側実験)を行った。
(実験1)同極間テストとして、電源コードの一方の線を切断して一〇〇ボルトの電圧をかけ、その状態で断線部分をつけたり離したり、あるいは、断線部分に異液を滴下する(ショート)。異極間テストとして、電源コードの両方の線の被覆を破り異液を滴下して一〇〇ボルトの電圧をかける(ショート)。
(実験2)プリント板上の電源コードのコネクター部分に異液を滴下する。
(実験3)ラインフィルターの同極を切断し、あるいは同極のコイルの両端を導線でつなぐ(ショート)。
(実験4)電源トランス一次側のコイルを切断し、あるいはコイルの両端を導線でつなぐ(ショート)。
(実験5)電源トランス二次側のS1(アース)・S2(12Vライン)間、S2・S3(28Vライン)間を切断し、あるいはS1とS2、S2とS3、S3とS1をそれぞれ導線でつなぐ(ショート)。
(実験6)S2のコンデンサー及びダイオードの各端子間、S3のコンデンサー、ダイオード及び抵抗の各端子間に導線をつなぎ(ショート)、あるいはS3の回路につながるマイクロコンピューターのICの各端子をアースする(ショート)。
右の各実験によると、実験1の異極間テストにおいてのみ大きなスパークが起こり発火も起こったが、他の実験ではすべて発火に至らなかったとされ、その結果、電源コードの両方の被覆を破り異液を滴下した場合にのみ発火の可能性があるが、電源コードを普通に使用していれば、被覆が破れることはなく、したがって本件型式テレビが発火する可能性は全くないと結論づけられており、補足実験の結果、右各実験におけるショート部分に綿埃を置いて実験するまでの必要のないことも確認されたとしている。
(2) 被告は、右(1)の事実を根拠に、本件型式テレビの安全性は確認されており、発煙、発火の危険性はないことが確認されたとして、本件テレビが発火することはありえない旨主張する。
しかし、右の事実は、主に設計上の安全性確保に関わる問題であるが、前記リコールされた機種のように、電気用品取締法上の型式認可を受けている場合であっても、事故例が集積されてはじめて設計上の欠陥原因が明らかになる場合も存することに加え、通産省の事故収集制度報告書明細編(〈書証番号略〉)によれば、たとえ設計上の欠陥原因がない場合であっても、トランスの巻線不良やトランス内へのハンダ屑の混入、部品の取付不良など、製造過程でわずかな欠陥原因が生じたに過ぎない場合であっても、その後、徐々に絶縁の劣化が進行するなどした結果、製品に発火の危険などが生じる可能性のあることは否定できないことが認められるから、本件型式テレビ一般の安全性と、個々の製品についての欠陥原因の有無とは別問題であるといわざるをえない。
また、前掲証拠(〈書証番号略〉、荷宮証言)によれば、本件型式テレビの場合、待機状態であっても、電源トランス部分には一〇〇ボルトの電圧がかかっており、電源トランスを経て、マイクロコンピューター等には最大二八ボルトの電圧がかかっていることが認められるから、これらの部分に欠陥原因があれば、待機状態であっても、発火する可能性が絶無であるということはできない。
よって、本件テレビがおよそ発火する可能性のないものであるということはできないから、前記(1)認定の事実は、本件テレビが発火したとの認定の妨げとなるものではない。
(六) 以上のとおり、本件テレビが発火したことについての直接証拠である山中証言、本件建物内の客観的焼損状況などを総合すると、本件火災は本件テレビ本体の発火によるものであると認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
二責任原因
1 製造物責任について
原告は、本件火災は本件テレビの発火によって発生したとの前記一認定の事実を前提に、いわゆる製造物責任の理論に依拠して被告に対し損害賠償を請求するので、右製造物責任の性質、要件について検討する。
(一) 現代の社会生活は、他人が製造し流通に置いた製品を購入し利用することによって成り立っているといっても過言ではないが、規格化された工業製品の場合、流通の過程において販売会社や小売店が個々の製品の安全性を確認した上で販売することは通常予定されていないし、これを取得する消費者において個々の製品の安全性の有無を判断すべき知識や技術を有しないことも明らかであるから、このような製品の流通は、製造者が製品を安全なものであるとして流通に置いたことに対する信頼に支えられているということができる。
それゆえ、製品の製造者は、製品を設計、製造し流通に置く過程で、製品の危険な性状により利用者が損害を被ることのないよう、その安全性を確保すべき高度の注意義務(安全性確保義務)を負うというべきであるから、製造者が、右の義務に違反して安全性に欠ける製品を流通に置き、これによって製品の利用者が損害を被った場合には、製造者は利用者に対しその損害を賠償すべき責任、すなわち製造物責任を負う。
右の安全性確保義務は、製造者が、製品の危険な性状により損害を被る可能性のあるすべての者に対して負うべき社会生活上の義務であるから、これに違反したことにより認められる製造物責任は、製造者と利用者との間の契約関係の有無にかかわりなく成立する不法行為責任と解すべきものである。
(二) 欠陥について
(1) 製造者が負う安全性確保義務は、製品について社会通念上当然に具備すると期待される安全性(合理的安全性)を確保すべき義務であり、右の義務は、流通に置いた時点で製品が安全であれば足りるのではなく、製品を取得した者が、合理的期間内、これを安全に利用できるよう確保することを内容とするものであって、利用者が現実に利用する時点での製品の安全性の有無が最も重要というべきであるから、利用時の製品の性状が、社会通念上製品に要求される合理的安全性を欠き、不相当に危険と評価されれば、その製品には欠陥があるというべきである。
(2) 製品に要求される安全性の程度は、個々の製品または製品類型によって異なるから、製品が合理的安全性を欠き、不相当に危険と評価されるか否かの判断は、その製品の性質や用途、製品の利用に際し利用者が負うべき注意義務の程度やその時代の科学技術などを総合して、社会通念に基づいてなされるべきものであり、右合理的安全性の概念を前提とする製品の欠陥についての判断も、同じく、個々の製品または製品類型ごとに、個別になされるべきものである。
(3) 合理的安全性の概念は、利用者が、製造者に予見できないような異常な方法で製品を利用した場合にまで、製品の安全性を確保すべき義務を製造者に負わせるものではないから、欠陥判断の前提として、利用者の利用方法が社会通念上合理的と解される利用(合理的利用)の範囲内であることが必要である。
(4) 以上を総合すると、製造物責任を追及する利用者は、利用時の製品の性状が社会通念上不相当に危険であること(欠陥)、損害の発生、欠陥と損害との因果関係をまず立証せねばならず、その前提として、製品の利用方法が合理的利用の範囲内であることを立証しなければならない。
(三) 過失について
(1) 製品の利用に起因する損害を、何びとが、どのような要件のもとに負担するかは、社会生活上の危険をいかに配分するかという国民全体のコンセンサスに関わる問題であるから、国民の立法的選択を経ずに、裁判所が直ちに厳格責任あるいは無過失責任の制度を採用することはできないというべきであって、製造物責任を、厳格責任あるいは無過失責任と解すべきであるとの原告の主張は、現行不法行為法の解釈としては採りえないところである。
(2) したがって、製造物責任について特別の立法がなされていない以上、現行不法行為法の原則に従い、利用者は、製造者の故意または過失を立証しなければならないが、製品に欠陥のあることが立証された場合には、製造者に過失のあったことが推認されると解すべきである。
けだし、製品が不相当に危険と評価される場合には、そのような危険を生じさせた何らかの具体的な機械的、物理的、化学的原因(欠陥原因)が存在するはずであるが、一般に流通する製品の場合、利用する時点で製品に欠陥が認められれば、流通に置かれた時点で既に欠陥原因が存在した蓋然性が高いというべきであるし、さらに、製造者が安全性確保義務を履行し、適切に設計、製造等を行う限り、欠陥原因の存する製品が流通に置かれるということは通常考えられないから、欠陥原因のある製品が流通に置かれた場合、設計、製造の過程で何らかの注意義務違反があったと推認するのが相当だからである。
(3) 右のとおり、製品の欠陥が認められれば、製造者の過失が推認されるから、利用者は、それ以上に欠陥原因や注意義務違反の具体的内容を解明する責任を負うものではなく、製造者が責任を免れるには、製造者において欠陥原因を解明するなどして右の推認を覆す必要があるというべきである。
けだし、もし利用者において欠陥原因及び注意義務違反の内容を具体的に立証しなければならないとすれば、特別な知識も技術も有しない利用者が、主として製造者の支配領域に属する事由を解明しなければならないことになり、製品が完全に損壊し欠陥原因の特定ができなくなった場合には、製造者は常に免責されることになることなどを考慮すると、右のように解することが損害の公平な分担という不法行為法の本旨にそうからである。
2 被告の責任
製造物責任の性質、要件について右1に説示したところに従い、本件テレビの発火によって発生した本件火災により原告の被った損害についての被告の責任につき、以下検討する。
(一) 本件テレビの利用
(1) 証拠(山中証言、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
① 本件テレビは、被告が昭和六二年六月に製造したものであり、同年七月、本件建物の増築に伴い、原告事務所が現在の場所に移転した際に、畑本の友人が八尾市内の電気店で購入し、原告にこれを贈与した。
② 原告は、本件テレビをテレビ台の上に載せて応接室の北西角に設置し、西側壁面北寄り床近くの二ロコンセントに電源コードのプラグを差し込んだままにしていた。応接室は、畑本が在社する時は社長室として、来客時には応接室として使用されていた。
③ 山中ほか原告関係者は、リモコンで本件テレビの待機状態と受像状態を切り替えるのみで、主電源を切ることはなかった。本件テレビはさほど頻繁には利用されておらず、原告の終業時間ころなどに、たまに利用される程度であった。
(2) 被告は、原告が本件テレビの電源コードを不正に使用し、あるいは不注意に取り扱ったと主張して、掃除の際、山中がテレビ台の底部等に挟まれた状態の電源コードを強く引っ張って無理な力を加え、あるいは建物の柱の角に電源コードを引っ掛けて、擦ったり折り曲げたりすることなどを長期間にわたって繰り返した旨主張するようであるが、抽象的可能性を指摘するにとどまり、そのような事実を認めるに足りる証拠はないのみならず、本件火災は、電源コードではなく本件テレビ本体からの発火によるものであることは前示のとおりである。
(3) 以上によれば、原告における本件テレビの利用は、合理的利用の範囲内であると認めるのが相当である。
(二) 本件テレビの欠陥について
(1) テレビの合理的安全性
① 証拠(〈書証番号略〉、荷宮証言)及び弁論の全趣旨によれば、テレビは、極めて普及率の高い代表的な家庭電化製品である一方、高度に電子化され、映像回路には二万ないし三万ボルトもの高電圧が用いられた部分も存在する複雑な電気製品であること、それゆえ、絶縁性や耐久性に劣る部品が使用されたり、部品の配置が不適切であるなどの設計上の欠陥原因、あるいは、部品の工作不良や組付不良など、製造上の欠陥原因のあるテレビが製造され流通に置かれた場合、発煙、発火に至る可能性があること、自治省消防庁防災課の統計上も、昭和六一年度から平成元年度までの間、テレビを原因とする火災が全国で毎年ほぼ五〇件前後発生したとされていることが認められる。
② 右で認定したところによれば、テレビの製造者が設計、製造上の注意義務を怠れば、テレビの発煙、発火により火災を惹起し、利用者の生命、身体、財産に危険が及ぶ可能性があるのであって、テレビの製造者である被告に課せられた安全性確保義務は、極めて高度なものであるということができる。
また、テレビは、利用者の所有に帰したものであっても、その構造上、内部は利用者の手の届かない、いわばブラックボックスともいうべきものであって、現在の社会通念上、設置等が適切に行われる限り、その利用に際し、利用者が危険の発生する可能性のあることを念頭において、安全性確保のため特段の注意を払わねばならない製品であるとも、何らかの危険の発生を甘受すべき製品であるとも考えられていないことは明らかである。
それゆえ、製品としての性質上、テレビには、合理的利用の範囲内における絶対的安全性が求められるというべきである。
(2) 本件テレビの欠陥
これまで述べたところによれば、本件テレビは、合理的利用中(一部の回路のみに電流が流れる待機状態を含む。)に発煙、発火したと認められるから、不相当に危険と評価すべきであり、本件テレビには欠陥が認められる。
(三) 過失の推認と被告の反証について
(1) 右のとおり本件テレビには欠陥が認められるから、その危険を生じさせた欠陥原因の存在が推認されるところ、本件テレビは、前示のとおり、昭和六二年六月に製造され、同年七月に畑本の友人が電気店で購入して原告に贈与したものであって、原告方で使用されてから本件火災まで八か月程度しか経過しておらず、被告が製造し、流通に置いた時点でこれに付与した製品本来の安全性の保たれることが、社会通念上当然に期待される期間内に危険が生じたことは明らかであるし、本件全証拠によるも、その間、原告が内部構造に手を加えたり、第三者が修理等をしたとの事実は認められないから、右の欠陥原因は、被告が本件テレビを流通に置いた時点で既に存在していたことが推認される。
(2) そして、前記1(三)(2)に説示したところに従い、欠陥原因のある製品を流通に置いたことについて被告に過失のあったことが推認されるが、製造者に課せられた安全性確保義務は高度なものというべきであるから、製造物責任を争う被告としては、単に注意深く製造したことを一般的に主張立証するだけでは不十分であって、不相当な危険を生じさせた欠陥原因を具体的に解明するなどして、右の推認を覆す必要がある。
この点について、被告側実験は、前記一2(五)(1)②記載の実験を行ったものであるが、本件テレビには欠陥がないことを前提に、本件テレビに発火の可能性のないことを立証しようとするものであって、これによって本件テレビの欠陥原因が解明されているわけではない。
(3) 結局、本件全証拠によっても、本件テレビにいかなる欠陥原因が存し、いかなる経緯で発火するに至ったかについては不明というべきであるが、本件における被告の立証によって、過失についての前記推認は覆らないといわざるをえない。
(四) 証明妨害の主張について
被告は、原告は当初から電源コードを含む本件テレビが本件火災の原因究明に重要であることを熟知しながら、これを漫然廃棄したのであるから、民訴法三三五条、三一七条の法意に照らし、真相究明が不可能になった不利益は、資料を廃棄した原告が負うべきであると主張するが、本件全証拠によるも、電源コードを含む本件テレビの残骸の所在は不明といわざるをえないところ、被告担当者の陳述書及びメモ(〈書証番号略〉)には、本件火災発生から約五か月後の昭和六三年八月九日、原告訴訟代理人は、焼損したテレビセットは代理人の手元で保管している旨を述べたとの記載があるが、原告訴訟代理人の陳述書(〈書証番号略〉)に照らし、直ちに右記載をそのまま採用することはできず、結局、原告側が本件テレビの残骸を廃棄したと認めるに足りる証拠はないので、右主張は前提を欠き、採用することができない。
(五) 以上によれば、被告は不法行為に基づき、本件火災により原告が被った損害を賠償する義務を負うというべきである。
三損害
そこで、本件火災により原告が被った損害について、以下順次判断する。
1 証拠(前掲各証拠、〈書証番号略〉)及び弁論の全趣旨によれば、以下の(一)ないし(三)の事実が認められる。
(一) 畑本は、本件建物について火災保険契約に加入しており、保険会社から本件建物の修復費用として一一二〇万円の給付を受けたが、原告は、動産については保険に加入していなかったため、原告事務所内で使用していた備品の大半が焼損したことにより、少なくとも以下の支出を余儀なくされた。
① ファクシミリと複写機の購入に八〇万円
② 流し台の購入に二九万七〇〇〇円
③ トイレの便器等の購入に三二万円
本件火災により焼失したファクシミリと複写機は、本件建物建築以前から原告の備品として使用されていたものであるが、本件火災後、原告が新たに購入したのは当初のものよりも廉価なものである。また、流し台及び便器等は、本件建物の増築後、二〇一号室を原告事務所として使用する際に、原告が備品として購入し、その後約八か月間程度使用されたに過ぎないものである。
(二) 山中は、本件火災発生後、事務室から退避する際に、権利証等を持ち出すことができたが、契約書、設計図面、建築確認申請書等、原告の業務に関わるその他の書類については持ち出すことができず、これらの書類が焼失したため、原告は、やむをえず焼失した書類等を再度作成した。
(三) 本件火災の際に浸水した一階店舗部分は、北田緑が畑本からこれを借り受け、ナイトパブ「緑」の営業のために使用していたが、放水のために店舗内の備品等が損傷したため、原告は、北田に対し次の金員を支払った。
① リース契約により使用中のカラオケ機器が損傷したため、北田がリース業者に対し負担した損害賠償金として一五〇万円
② 内装補修の間の休業補償及び見舞金合計五〇万円
なお原告は、「緑」の内装の補修工事を行い、損傷を受けた家具類の代わりの家具類を新たに購入したが、これらについては、畑本が給付を受けた火災保険金によって賄われた。
2 右1で認定したところによれば、ファクシミリ、複写機、流し台、トイレの便器等の購入に要した費用合計金一四一万七〇〇〇円全額をもって、本件火災により右各物件が焼損したことと相当因果関係にある損害の額と認めるのが相当である。
3 前記1(一)のとおり、原告事務所内に存した原告の備品の大半が本件火災により焼損し、同(二)の書類等も焼失しているのであって、これらはいずれも原告事務所において原告の用に供されていたものであるから、右焼損等により原告に損害が生じたことは明らかであるが、個々の物品について、購入額ないし損害額を認めるに足りる的確な証拠はない。
しかし、火災原因判定意見書(〈書証番号略〉)には、本件火災により原告事務所内に置いてあった建築関係の見積書や確認申請書等が焼損し、業務上の信用面で多大の損失があると思料される旨記載されていることや、火災原因損害調査報告書(〈書証番号略〉)では、収容物(動産)の焼燬による原告の損害額が一九九万一〇〇〇円と見積もられていることを考慮すると、前記1(一)の①ないし③以外の備品の焼損及び同(二)の書類の焼失により原告が受けた損害は、合計金五〇万円と評価するのが相当である。
4 北田に対して支払われた前記1(三)の合計金二〇〇万円についても、本件火災が原告事務所から出火したために、火元として支払いを余儀なくされたというべきであるから、やはり、本件火災により原告に生じた損害と認めるのが相当である。
5 弁論の全趣旨によれば、原告は訴訟代理人に対し本件訴訟の提起、追行を委任して弁護士費用として金五〇万円を支払う旨約したことが認められ、本件訴訟に現れた一切の事情を勘案すれば、右金五〇万円についても、被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
第四結論
以上の次第で、原告の被告に対する請求は、金四四一万七〇〇〇円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和六三年三月九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官水野武 裁判官古久保正人 裁判官谷有恒)